アイクルシグ(ポナチニブ)の効果と副作用
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アイクルシグ(一般名:ポナチニブ)は、慢性骨髄性白血病(Chronic myelogenous leukemia: CML)やRh染色体陽性の急性リンパ性白血病の治療薬です。
チロシンキナーゼ阻害薬に分類される分子標的薬で、グリベック(イマチニブ)などの他の同タイプの薬で治療がうまくいかない場合に使われます。
重要な血管の閉塞や心不全といった命にかかわる副作用があるため、既往に狭心症や心筋梗塞がある場合や生活習慣病がひどい方は、安全性を慎重に見極める必要があります。
ここでは、アイクルシグの効果と副作用について、その作用の仕組みから詳しく説明します。
アイクルシグ(ポナチニブ)とは?
アイクルシグは、慢性骨髄性白血病の治療薬として開発されたチロシンキナーゼ(酵素)阻害薬(Tyrosine kinase inhibitor: TKI)です。
フィラデルフィア染色体があると、BCR-ABLというチロシンキナーゼ融合たんぱく質が作られますが、これが白血病細胞の増殖を引き起こします。
チロシンキナーゼ阻害薬は、このたんぱく質が働くエネルギーにあたるATPをブロックすることで、白血病細胞の増殖を止める働きがあります。
しかしながら患者さんによっては、このBCR-ABL遺伝子のABL領域の遺伝子変異があって、薬が結合できないことがあります。
アイクルシグは、ABL遺伝子に変異があっても結合できるよう、米国Ariad社が分子設計した第3世代チロシンキナーゼ阻害薬(Tyrosine kinase inhibitor: TKI)で、日本では2016年9月に製造販売承認を取得しました。
日本では希少疾病用医薬品(対象患者数が日本で5万人未満、医療上特にその必要性が高いもの)です。
アイクルシグは商品名で先発品として発売されていますが、一般名(成分名)はポナチニブです。
ジェネリック医薬品(後発品)については、2023年現在では発売となっていません。
アイクルシグの適応と効果
アイクルシグ(一般名:ポナチニブ)の適応としは、以下が認められています。
アイクルシグの効果
慢性骨髄性白血病の患者さんの95%で染色体に異常が生じ、フィラデルフィア染色体が発現しています。
また急性リンパ性白血病のなかにも、フィラデルフィア染色体陽性である場合があります。
アイクルシグは、フィラデルフィア染色体が作り出す複数の酵素チロシンキナーゼ(T315Iを含む)に作用します。
ATPの替わりに結合して白血病細胞の増殖を防ぐのですが、薬を使い続けているうちにT315Iなどの遺伝子変異が発生してしまい、薬に対する耐性がでてしまいます。
ちなみにT315Iとは、BCR-ABL遺伝子のABL領域において、315番目のアミノ酸のスレオニン(T)がイソロイシン(I)に変化したものです。
このタイプは非常に難治でしたが、アイクルシグはこの変異があってもチロシンキナーゼの働きを阻害するようため、変異型BCR-ABLにも効果が期待できます。
専門的な話になりますので、ご興味がある方のみ、お読みください。
アイクルシグは分子構造に炭素間三重結合があり、T315I変異などで立体構造障害があっても、そのABLに結合することができるように分子設計されています。
同じチロシンキナーゼ阻害薬でも、薬剤間でキナーゼ領域の変異への有効性に差がある理由の一つに、ABLキナーゼへ結合する立体様式の違いがあります。
- グリベック・タシグナ:ABLの活性化ループが閉鎖状態の不活性型立体構造のみに結合
- スプリセル:ABLの活性化ループが解放状態にある活性型立体構造および不活性型の両方に結合
- ボシュリフ:触媒作用は不活性だが活性化ループは開放状態である中間型立体構造に結合
アイクルシグの用法
アイクルシグの用法は、以下です。
- 1日1回45mg(適宜減量)
心血管系の副作用を考慮して、少量で内服していただくことが多い
アイクルシグの副作用
アイクルシグで頻度が高く、患者さんに重大な影響を及ぼす副作用は血管閉塞性事象(心筋梗塞や脳梗塞)です。
他のTKIと同様に、発疹や頭痛のような一般的な副作用も起きます。
アイクルシグは対象となる患者さんが少ないこともあり、全例調査(実社会での調査)実施中であり、副作用については臨床試験の結果があるのみです。
臨床試験には参加者の除外基準があり、実社会の患者構成を反映していません。そのため、全例調査を行っています。
血管閉塞性事象と心不全
血管閉塞性事象とは、以下のような病気のことをいいます。
- 心筋梗塞・狭心症などの冠動脈疾患
- 脳梗塞などの脳血管障害
- 末梢動脈閉塞性疾患
- 網膜動脈閉塞症
- 静脈血栓塞栓症
高齢の患者さん、虚血性疾患の既往歴のある患者さんで頻度が高い傾向があります。
高血圧、糖尿病、脂質異常症など心血管系疾患の危険因子を持っている方は発現しやすいので、特に注意が必要です。
胸痛、腹痛、四肢痛、片麻痺、視力低下、息切れ、しびれなどの血管閉塞性事象が疑われる徴候があった場合は、速やかに医療機関を受診してください。
臨床試験での主な副作用
アイクルシグの主な副作用は、日本及び海外の臨床試験で以下のように報告されています。(アイクルシグ錠15mgに係る医薬品リスク管理計画書549例、発熱・発疹・頭痛・脱毛のみIF*453例)
- 骨髄抑制(59.4%)
- 体液貯留(31.1%)
- 肝機能障害(30.4%)
- 高血圧(29.7%)
- 出血(26.6%)
- 血管閉塞性事象(23.8%)
- ニューロパチー(20.4%)
- 重度の皮膚障害(剝奪性皮膚炎、多形紅斑など)(15.3%)
- 膵炎(7.1%)
- 発疹(37.1%)*
- 頭痛(19.6%)*
- 発熱(11.7%)*
※通常の抗がん剤で報告の多い脱毛は、アイクルシグではあまりみられません(453例で5.7%*)。
臨床試験での発現時期
日本及び海外の臨床試験で以下のように報告されています。
- 血管閉塞性事象:7.0–14.9か月
- 骨髄抑制:0.8–1.0か月
- 高血圧: 1.1–9.7か月
- 肝機能障害:0.2–3.4か月
- 体液貯留:0.6–3.7か月
このようにみると、アイクルシグを服用中は常に血管閉塞による副作用に気を付ける必要があります。
どんな降圧薬を使用しても、血圧が下がらないことも経験します。
一方で骨髄抑制をはじめとしたほかの副作用は服薬後数か月が最も多いため、アイクルシグ開始時は全体的な副作用を細かくみていく必要があります。
妊娠と授乳
動物実験で催奇形性等が認められているので、妊婦又は妊娠している可能性のある女性は服用できません。
動物実験で精巣や子宮内膜萎縮を伴う卵胞への影響等が認められたため、服用中及び終了後一定期間は避妊を行いましょう。
妊娠を希望される場合は、チロシンキナーゼ阻害薬はおそらく受精には問題とならないので、妊娠が判明するまでは内服していただき、その後インターフェロンに切り替えて治療する方法が考えられます。
本剤の母乳移行による乳児への曝露は否定できないため、服用中は授乳を中止しましょう。
アイクルシグの薬価
2023年4月現在、アイクルシグの薬価は以下となっています。
- 先発品(アイクルシグ)6,428.40円
- 後発品:未発売
1日45mgだと、月約30万円と非常に高額になります。(「高額療養費制度」などの適用で支払額とは異なります)。
まとめ
- アイクルシグは前治療薬に抵抗性又は不耐容の慢性骨髄性白血病、再発又は難治性のフィラデルフィア染色体陽性急性リンパ性白血病の適応が承認されています。
- アイクルシグの重大な副作用は血管閉塞性事象で、服薬中は常に注意が必要です。
- アイクルシグ錠の薬価は6,428.40円です。
執筆者紹介
由井 俊輔
上野御徒町こころみクリニック院長
血液専門医/総合内科専門医/日本内科学会認定内科医/日本医師会認定産業医/がん治療認定医/造血細胞移植認定医/難病指定医
監修者紹介
山口 博樹
日本医科大学血液内科 大学院教授
上野御徒町こころみクリニック顧問
血液専門医/血液指導医/がん治療認定医/造血細胞移植認定医/骨髄移植推進財団ドナー調整医師/総合内科専門医/総合内科指導医/日本内科学会認定内科医
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カテゴリー:こころみ医学 投稿日:2023年2月4日
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